オトリ捜査員痴漢電車 その2
抵抗が可能であるにも関らず、抵抗が出来ないという状態は
想像以上に精神的負荷が強かった。
目の前の男の股間を膝で蹴り上げて、
振り返りざまに背後の男にバッグを叩き付け、
手錠をかけて取り押さえる。
――そんなイメージが頭の中で浮かぶ。
腕が、脚が、全身が、不快感に耐え切れず
跳ね上がって暴れだしてしまいそうな感覚。
体中が熱かった。
そんな真理の内面に、全く気付くことなく
痴漢たちは彼女への包囲網を狭めていく。
自分を囲んでいる人数は多いが、
実際に触ってきているのは三人だけだ、と真理は気付いた。
他の人間は、あくまでも壁役か傍観に徹している。
たまに物欲しそうな目線を真理に投げかけてはくるが、
「自分の任務を離れるわけにはいかん」とでもいうように、すぐ目を背ける。
「攻め手」の三人だけが、真理に触れてくる。
その陰湿な六本の手は、彼女の体の表面をまるでワラジムシのように這い回る。
尻を撫でられる。
それを払いのけようと、左手を背後に回す。
右側から、スカートの裾をまくりあげられる。
それを右手で押さえ込む。
筋肉質の男がスカートの上からいきなり股間を撫でようとする。
太い指先は、陰核に向かってするりと滑り込んでくる。
股を閉じて、それを阻止しようとする。
額に汗を浮かべた真理が必死で抵抗する姿を眺める、
ぎらぎらとしていて、それでいてどんよりとしている瞳の群れ。
「やめてっ」
腹の底から声が出た。
演技ではない。本当の言葉だ。
本当に、真理はやめて欲しかった。
それが合図であったかのように、背後の男が真理から離れた。
入れ違いに、別の男が彼女の後ろに立つ。
生暖かい息が、首筋に吹きかけられる。
「き、ふぅー、き、ふぅー」という壊れた機械のような呼吸音。
振り返った真理の視界に、頬にピンポン玉をつめたような男の顔が映った。
顔全体がサラダオイルを塗ったみたいに輝いている。
ぼってりとした一重まぶたと、長い睫毛がいかにもミスマッチで
鼻息の荒さを抜きにしても、余り好意的な表現の出来ない外見であった。
端的に言えば、気持ち悪いデブ、というのが真理の抱いた印象だ。
「やあッ!!」
真理は大声を出した。
掛け声ではない。悲鳴である。
背後の男に気を取られた一瞬に、横に立っていた男がまた
スカートをめくりあげていた。
裾が真理の胸にまで持ち上げられている。
下着と脚が、「さあ皆様ご覧下さい」とばかりに露出されていた。
彼女は怒りとともに両手を振り下ろす。
スカートを掴んでいた手がばちんと弾かれる。
「何してんの!!」
そのまま男を右手で突き飛ばして、睨みつける。
それから更に一言、「変態!!」と付け加えた。
言われた男は、ちょっと驚いた顔で真理を見つめ返す。
伸ばしたままの真理の右腕の下を通って、
背後から太い腕がずるりと出てきた。
真理はすぐに右肘を戻す。
肘打ちが当たったが、背後の男は構わなかった。
彼は、セーターの生地を歪ませている真理の乳房を
大きな掌で無造作に押し上げた。
ぐにゃり、と乳房が形を変える。
そのままたぷたぷと下から持ち上げる。
真理は掌で、男の手をばちばちと叩いたが
胸をまさぐる指先はそこから離れようとしない。
背後の男の突き出た腹が背中に当たる。
真理の尻に、押し付けられる性欲の塊。
「ダ、ダメだよぉ~」
耳元で囁く、肥満特有の太い声。鼻息が産毛を揺らしている。
あまりの気色悪さに、鳥肌が立った。
胸を指先でこねながら、背後の肥満男は
「ダメだよぉ~、こ、こんな立派なの隠してたら」と囁いた。
真理は首を回して後ろを向き、肥満を見る。
視線が刺されば、そのまま頭蓋骨を貫通するというくらいの睨みを利かせた。
当然、後ろに気を取られると、前と横の男が動く。
右の男がまたもスカートをめくり上げ、
筋肉質の男がそこに手を入れる。
白の下着の上から、人差し指で陰核をなぞった。
「ぃぃや、っ、はっ!!」
「ここ感じやすい? ここ、ここ気持ちいい?」
筋肉質の男は、ねっとりとした口調で真理に質問をした。
「ねえ、ここ、ここ、気持ちい? ねえ?」
金属をこすり合わせるような、耳障りな声で
筋肉質男は訊ねてくる。
それを無視して、真理は肘を振り回した。
さっき変態呼ばわりされた男が、まともに喰らって悲鳴を上げた。
そんな必死の抵抗を、まるで意に介さずに
肥満男が両手で、乳房を絞り上げる。
母乳が出るとでも思っているのか、
下から絞り上げてから、最後に先端部を指でくにくにと軽く摘んだ。
「間もなく、陸前浪岡~、陸前浪岡~。降り口は、左側です」
やはり片言な発音の車掌が、次の駅を告げる。
有沢山王までの道のりは、まだ半分程度だ。
「久々の当たりだねぇ」
筋肉質男が独り言のように、小さくそう言った。
「こ、こないだの、浴衣の娘以来じゃない?」
背後の肥満が、吃音気味にそう言い返す。
「あの娘は良かったなぁ……」
筋肉質男が陶然とした声を上げた。
真理はその細腕で彼らの攻撃を弾きながらも、
「浴衣の娘」という言葉に反応した。
この卑劣なる群れに襲われ、傷つきながらも
それを告発する手紙を送った少女――。
名は知らないが、彼女が花火大会の日に被害に遭ったことは
真理も知っている。――「浴衣」。
真理は両腕を振り回して抵抗しながらも、
男達が彼女の腕を拘束してこないことに疑問を抱いていた。
本来、これだけの人数が居るのならば、
真理の両腕を掴んで口を塞げば、
より事が運び易いはずである。
これだけ計画的な犯行ならば、事前にロープなど拘束道具だって
用意することは可能だったろう。
だが、彼らはそれをせずに、真理に自由に抵抗させている。
それでいて、逃げ出せないようにしっかり壁を作っている。
悲鳴が届く範囲に人が来ないよう、綿密に見張っている。
恐らく、わざとそうしているのだ。
真理はそれに気付く。
男達は、
「電車の中で、必死に抵抗する女を集団で取り囲み、粘着質に触る」
ことを目的としているのであって、
集団での強姦・輪姦を狙っているのでは無いのだ。
その思考は、真理の理解の範疇を越えていた。
――なんでそこまでして、電車に拘るの?
分からない。
肥満男の太くて無駄に大きい掌が、セーターの上から
真理の乳房をむにむにとこね回している。
図工の時間に粘土をこねるみたいな、無造作な動きの中で、
ときおり人差し指が乳頭を撫でてくる。
「さっわ、触んないで……触るな」
真理は肥満の手の甲を爪でつねった。
「デブ!!」
そして車両にこだまするような大声で怒鳴りつけた。
これほどの怒りは、感じたことがなかった。
女性にとって、自分の肉体を見ず知らずの人間に触れられる不快感というものは
男のそれとは比較にならないほど大きいものだ。
自分を人間でなく、餌や道具のように見られる感覚も、
彼女が今まで味わったことのないものだった。
そして、自分に触れている男達の醜悪な表情。
性欲に、悪意と嘲笑と卑屈と下品と哄笑と悦楽を混ぜて出来た負の情が
毛穴から染み出したような、その顔。
彼女の怒りは、激昂であった。
恐怖や悲しみが、全て怒りに変わっていた。
真理は任務を忘れて、自分の胸をまさぐる肥満に怒鳴りつけていた。
「触るな、デブ!! ……クソ、豚!!」
当然のことながら、「触るな」と言われて
触るのをやめる者は居なかった。
「ははははは」と、筋肉質男が笑う。
それから「豚だって」と付け加えた。
その瞬間。
真理のうなじに、べちゃっ、となめくじのようなものが張り付いた。
「ひぃあぅあッ、い、ひゃあ!!」
あまりの気持ち悪さに、真理は意味不明の言葉を口走った。
なめくじや、アメフラシや、みみずのような、
湿っていてぐねぐねした生き物が首筋にくっついたような感覚。
首を回して、それが虫でないことを確認する。
肥満が、真理のうなじに吸い付いたのである。
彼は舌先でべちゃべちゃと、真理の肌を嘗め回していた。
熱い鼻息が「こふ、こふぅー」という音と共に吐き出される。
それは突然だった。
肥満男の手が、胸から離れた。
真理がそう思った瞬間には、その手はスカートの中に入っている。
汗で肌にくっついている白い下着を左手でずらし、
その中に右手を滑り込ませる。
「ダメッ!!」
真理はそう言いながら、両手で自分の股間を押さえたが、
すでに肥満男の指は彼女の陰部に触れている。
「ダメ……」
同じ台詞がもう一回出た。
そこだけは。という強い願い。
そこだけは触られたくない。
「豚にマンコ弄られてるよ」
筋肉質男が揶揄するようにそう言った。
肥満男は、一旦真理の下着から手を引き抜くと
その指先を自分の口に含んだ。
そのまま3秒ほど、自分の指をしゃぶる。
そして、唾液でぎらぎらと光るその手を
再び真理の下着の中に入れた。
肥満男に呼応するように、
真横に立っていた男がセーターの裾をまくって手を中に入れてくる。
冷たい指がわき腹に触れる。真理の体がぶるっと震えた。
肥満と違って、この男の指先は細い。
その手はするりと駆け上がり、彼女の二つの膨らみを
下から指でつついた。
それから下着のホックを小器用に外す。
その行為を止める手段が、真理には無かった。
揺れる電車の中。
三人の男が、一人の女にへばりついている。
その周囲を、十数人の男が囲んでいる。
奇妙な情景であった。車両には、獲物と獣しか乗っていない。
女の背中に、だらしなく下腹を垂らした男が
ぴったりと張り付いている。
その男の右腕は、女のスカートをめくりあげていて
手は白い下着の中に納まっている。
完全に露出した女の脚は白く、付け根から膝、膝から踝まで
強弱の効いた美しいラインを描いていた。
下着の中で、もぞもぞと手が蠢いている。
まるでタランチュラが一匹入り込んでいるように見えた。
下着の中の指が動くと同時に、女は眉にしわをよせ、
体を折って、男の手の甲を叩く。
彼女の真横に立っている細身の男が、セーターの中から
するっと手を引っ張り出した。
彼女の胸を押さえていた下着が、ぽとりと床に落ちる。
真理の目の前に立っていた筋肉質の男が
それを拾って、しげしげと眺めた。
そして「くふっ」といやらしく笑うと、
無造作に真理の胸元を撫でた。
それから、真理の顔に唇を寄せた。
「俺らだけ喜んでると、アレだからさ。
みんなにもサービスしてあげないと」
筋肉質男が、そう囁いた。
その意味は、にわかには理解しがたい。
ただ、不吉な予感だけが真理の背骨を這い上がった。
「そらっ!!」
掛け声とともに、筋肉質男が
真理のセーターの裾を掴んで上に引っ張った。
ぶるん、と自分の乳房が縦に揺れたのを、彼女は感じる。
それから、普段は胸に触れるはずの無い、ひんやりとした風の感触。
自分の胸が露出したことは、すぐに分かった。
「次は~ぁ……ふさっ、房野台……房野台~。
おっ、降り口は、左側です……。
車内では、携帯電話の電源を、お、お切り下さい」
しきりに噛む車内放送だったが、それを気にするものは居ない。
まだ房野台か!!
真理は臍を噛む思いで、その放送を聴く。
まだまだ時間はたっぷりある。
このまま触られ続けていなくてはならないのか!?
筋肉質男が、真理の乳房を下から持ち上げて、たわませている。
それから両手の十指をくねくねとくねらせて、マッサージする。
背後の肥満が、真理の尻に股間を押し付けながら
「あぁ……気持ち、良く、なってきた」と呟いた。
「まだ出すなよ……勿体ない」
筋肉質が、肥満に向かって苦笑交じりにそう言う。
それから真理の乳房に吸い付いた。
ちぼっ、ちゅぱ、と音を立てて、彼女の乳頭を吸い上げる。
「ぷはっ……あぁ、いい、いい。
前の浴衣の娘より、やぁらかいな」
べろべろと嘗め回しながら、筋肉質男はなおも真理に語りかけてくる。
「ダメだよ、こういう、オッパイは、隠したら。
ボインには、男を楽しませる義務があるんだよ」
ムチャクチャな論理を垂れ流しながら、
真理の体を粘り気のある唾液で汚していく。
「おい……、豚って呼ばれた仕返ししなくていいのか?」
さっきまで一言も喋らなかった横の男が、肥満に言った。
「まだ出すなよ……勿体ない」
筋肉質が、肥満に向かってそう言う。
それから真理の乳房に吸い付いた。
ちぼっ、ちゅぱ、と音を立てて、彼女の乳頭を吸い上げる。
「ぷはっ……あぁ、いい、いい。
前の浴衣の娘より、やぁらかいよ」
べろべろと嘗め回しながら、筋肉質男はなおも真理に語りかけてくる。
「ダメだよ、こういう、オッパイは、隠したら。
ボインには、男を楽しませる義務があるんだよ」
ムチャクチャな論理を垂れ流しながら、
真理の体を粘り気のある唾液で汚していく。
「おい……、豚って呼ばれた仕返ししなくていいのか?」
さっきまで一言も喋らなかった横の男が、肥満に言った。
横の男の言葉に呼応したかのように、肥満男は
真理の下着から手を引き抜いた。
陰核をなぞる指の感触が心底不快だった真理は、
一瞬だけ開放感を得た。
だが、次の瞬間には、またも男達の強引な手が
彼女の肉体を支配することになる。
肥満の左手が真理のあごを捉え、そのまま彼女の顔を回した。
体は正面を向いたまま、首だけ90度左に回転させられる。
真理は「痛い」と言おうとした。
だが、その言葉が出て行く前に
半開きの彼女の唇は肥満の舌で塞がれてしまったのである。
言葉を発しようとした真理の上唇と下唇の間に、1センチの隙間が出来た。
そこを目掛けて、肥満が顔を寄せる。
男の分厚くて、ぎらぎらと光る唇が、べたっと真理の唇に吸い付くと同時に
煙草の匂いのする舌が、ずぼっと彼女の口内に滑り込む。
「お、ぐぅえッ!!」
獣じみた悲鳴が、走行中の車両に響き渡る。真理の声だ。
彼女はすぐに口を閉じて、顔を正面に戻す。
「おえ、おえッ!!」
舌を出して、唾を吐く。
出来ればすぐにでも口の中を洗浄したかった。
初めて真理の瞳に、じわっと熱がこみ上げてくる。
敵は待ってはくれなかった。
うつむき、唾を床に吐いている真理の視界に
今度は筋肉質男の顔が入ってくる。
そして彼もまた、開いたままの真理の口にキスをした。
いや、それはキスなんて綺麗なものではない。
女の唾液を吸い、自分の唾液を注ぎ込み、
粘膜の触れ合う感触を得るためだけの行為。
「びちゅ、ぁ、ねじゅ、ちゃ」という、排水溝のような汚らしい擬音。
舌で犯されている。真理はそう思う。
侵されている。冒されている。犯されている。
耐え切れずまた首を回しても、そこにも男の顔がある。
彼女の顔面は、三人の男の舌で余すところなく嘗め回された。
男達の粘っこい唾液を注がれて、真理は口の端から泡を垂らした。
「俺のこと、ぶ、豚って」
肥満男が、真理の耳元にそう語りかける。
「豚って、言った?」
「言ったねえ、確かに」
筋肉質男が笑いながら、肥満の疑問を肯定する。
「ヒドイよね、人のこと、豚とか変態とか。」
「ヒドイヒドイ。……なあ、豚君」
二人がそろって、肥満に話しかける。楽しそうだ。
肥満は何故かそれに答えない。
ただ、背後から感じる体温が2度高くなったことを、真理は感じ取った。
何か恐ろしい扉が開いてしまったような、そんな恐怖感があったが、
真理にはやはり、それに抗う術がない。
ただ、終点前に待っているはずの仲間たちのことを考えていた。
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